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■試合の終わらせ方■

試合と人生を上手く終わらせたい。サッカーは人生である。サッカー3割、将棋3割、仏教3割、人生10割。totoと京都サンガ

自殺の理由\理研:笹井氏の自殺

日記

僕にリセットボタンはない

 幼きころの記憶で、今でも思い出すことがある。あれは小学低学年のころ。ゲームボーイがカラーになりポケモンに色がついた!と感激していた幼き私。ポケモンにハマっていた私の記憶は、なぜか車がよく通る片側2車線の国道の歩道。そこでポケモン中にゲームオーバーになった瞬間、ふと不思議な感覚に襲われる。「ポケモンの主人公にリセットボタンはあるけど、僕にはない」当たり前のことである。車の前に飛び出せば、私は死ぬ。それでも私が「死」について考えるようになったのは、この時からのような気がする。


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自殺者の心境とは

理研:笹井芳樹副センター長が研究棟で自殺 現場に遺書
http://mainichi.jp/select/news/20140805k0000e040183000c.html

 STAP細胞論文で、責任著者の一人として小保方氏を指導した理研の笹井氏が自殺。笹井氏の自殺の背景、理由などは、他に譲るとして、自殺する時の心境についてかいて考えてみた。
誰しも一度は自殺について考えたことがあると思う。「死にたい」と。人間関係、学校、会社、家族、病気、借金、離婚、失恋、コンプレックス、将来の不安・・・ 挙げればきりがない。日本では年間3万人前後の自殺者がいる。
 しかし昔から疑問だったのが、自殺した人は「死にたい」と思ったから自殺したのだろうか。それならば、自殺者3万人より多い数字がはじき出されるのではないか。そして・・・その数の中に私達も入っていたのではないか、と。もちろん自殺の原因は、うつ病や周りの環境などたくさんの要因が、まるで糸のように複雑に絡み合ったもので、自殺者3万通りの原因だったりきっかけがあるのは承知である。そのうえで、自殺者の一側面として、その心境を考えてみたい思う。

「死にたい」と「生きたくない」

そこで紹介したいのが以下の、動画。
なぜこんなに生きにくいのか ‐ ニコニコ動画:GINZA

評論家の宮崎哲也氏と禅僧の南直哉氏の対談で、自殺について触れられていた。そこで私の中で、本当に自分を殺したい、消したいと思った事を、簡潔に言語化してくれていた。

南氏曰く、自殺した人は「死にたい」のではなく、「生きたくない」のである。

この違いがわかる人と、わからない人では大きな溝がある。自分が嫌いとか自分を消してしまいたいだとか、そういう感情が自殺につながる可能性が有りそう。つまり「生きない」手段としての「自殺」があるといえるのではないだろうか。

「生きたくない」あなたへ

「生きたくない」と思うあなたへ。下のリンク先読んでほしい。
死にたいくらいつらくなった時の選択肢|ニー仏|note
東南アジアでは、対してお金もかからず、衣食住ありの瞑想生活ができる受け入れ先がある。これはたくさんある選択肢の中の一つ。ぜひご一読を。

最後になりましたが笹井氏のご冥福をお祈りします

下の動画は海外メディアが見た日本人の自殺について。興味深いです。
SAVING 10,000 - Winning a War on Suicide in Japan - 自殺者1万人を救う戦い - Japanese Documentary - YouTube


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